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種別・銘

刀 造大慶直胤(花押) 天保六年仲春

Katana Taikei Naotane(Kao) A.D.1835

鑑定書・資料 第六十一回重要刀剣指定 [N.B.T.H.K]Juyo Token No.61
寸法 長さ(blade length)71.5cm 反り(Sori)2cm
元幅(Motohaba)3.05cm 元重ね(Mtokasane)0.75cm 先幅(Sakihaba)2.04cm 先重ね(Sakikasane)0.58cm
※棟の高さを含めない協会の計測値 元幅3cm 先幅1.9cm
時代・国 新々刀 最上作 武蔵
形状 鎬造、庵棟、身幅やや広く、元先の幅差つき、重ね厚め、踏張りつき、反りやや深くつき、中切先。
鍛肌 板目に杢・流れ肌を交え、地沸つき、地景入り、淡く映り立つ。
刃文 互の目主調に小互の目・尖り刃・小のたれなど交え、足よく入り、足部分的に刃先に抜け、匂深く沸よくつき、湯走り・飛焼を交え、総体に金筋・砂流しかかり、匂口明るい。
帽子 直ぐ調に小丸、先掃きかけ、金筋交える。
彫物 表裏に棒樋を刀身の下半で丸止めし、その下に指表は三鈷付剣、裏は梵字と護摩箸。
うぶ、先栗尻、鑢目大筋違に化粧鑢つく。
説明

 直胤は、安永七年に出羽国山形に生まれ、本名を庄司(荘司)箕兵衛(美濃兵衛)と称し、大慶と号した。文政四年頃に筑前大掾を受領し、嘉永元年に上洛して美濃介に転じている。彼は若年の折に江戸に出て、水心子正秀の門に入り、後に、師と同様に秋元候に仕え、細川正義と共に水心子門下の逸材となった。水心子入門時期については明らかでないが、彼が二十三歳の時の作刀に「庄司直胤 寛政十三年正月日」の銘があることから、これより二、三年前の寛政十一,二頃と推測され、文化初年頃に独立したと考えられている。安政四年五月七日、七十九歳で没している。

 この刀は、板目に特色のある渦巻肌を交えた相州伝の地鉄に、刃文は互の目主調に小互の目・尖り刃・小のたれなど交え、足よく入り、足が部分的に刃先に抜け、匂深く、沸厚くつき、湯走り、飛焼を交え、総体に金筋・砂流しかかり、匂口の明るい作となっている。出入りがある華やかな刃文に金筋・砂流しの働きが見事であり、相州伝の地鉄と相俟って放胆な出来栄えを示す優品である。

 

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