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種別・銘

刀 津田越前守助広 延宝三年二月日

Katana Tsuda Echizennokami Sukehiro A.D.1675

鑑定書・資料 第四十四回重要刀剣指定 [N.B.T.H.K]Juyo Token No.44
寸法 長さ(blade length)70.15cm 反り(Sori)1.3cm
元幅(Motohaba)3.1cm 元重ね(Mtokasane)0.73cm 先幅(Sakihaba)2.13cm 先重ね(Sakikasane)0.58cm
※棟の高さを含めない協会の計測値 元幅2.85cm 先幅2cm
時代・国 新刀 最上作 摂津
形状 鎬造、庵棟、棟のおろし急、元先の幅差がつき、重ね尋常、踏張りごころがあり、反り浅めにつき、中切先つまる。
鍛肌 小板目肌つみ、やや大肌ごころ交じり、地沸微塵に厚くつき、地景細かによく入り、かね冴える。
刃文 直ぐに短く焼き出し、その上は頭の丸い互の目が連れた乱れを主調に、小のたれ交じり、総じて焼刃の腰が低く、足よく入り、匂深く、小沸厚くつき、細かに金筋・砂流しかかり、匂口明るく冴える。
帽子 焼き深く、直ぐに小丸にやや長く返り、先掃きかける。
彫物 なし。
うぶ、先入山形、鑢目大筋違に化粧鑢つく。
説明

 津田越前守助広は、寛永十四年摂州打出村(現芦屋市)に生まれ、通称を甚之丞といい、初代そぼろ助広の門に学び、明暦元年、師の没後二代目を継いだ。明暦三年越前守を受領し、寛文七年には大坂城代青山因幡守宗俊に召し抱えられ、天和二年四十六歳で没している。作風は初期には石堂風の丁子乱れを、ついでに互の目乱れを焼き、さらに濤瀾乱れという独特の刃文を創始するに至り一世を風靡した。そして、この新作風は当時の大坂刀工のみならず新々刀期の諸工にまで強くその影響を及ぼしている。

 この刀は、小板目のつんだ鍛えに、地沸が微塵に厚くつき、地景が細かによく入り、刃文は直ぐに短く焼き出し、その上は頭の丸い互の目が連れた乱れを主調に小のたれが交じり、足よく入り、匂深で、小沸が厚くつき、細かに金筋・砂流し等がかかり、帽子は焼き深く、直ぐに小丸にやや深く返り、先を掃きかけるなどの作域を示している。常々の「丸津田」銘の作に見る華やかな作柄とは相違して、頭の丸い互の目が連れて乱れ、しかも総じて互の目の腰が低く、焼きに高低差のあまり見られない上記の出来口から、江戸物、なかんずく、乕徹の作を想わせるものがある。或いは乕徹同様に古作の郷などを意識して作刀したものであろうか。ともあれ、二代助広の一作風をあらわした意欲的な一口で、流石に地刃の冴えはこの工独特のものがあり、彼の技量の高さが伺える。同作中、この手の作例は殆ど見られず、二代助広の作風を研究する上で資料的にも貴重である。

 

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